新しくサーバーとして追加されたmac_mini_9台

道なき道を突き進む、エンジニア兼デザイナー

ある日フェンリルに出会った学生が、デザインと技術の両方を手に取ることを夢見た、きつねの物語。フェンリル初のエンジニア兼デザイナーが誕生するまでと、デザイナーになってからの半年をノリと勢いだけで書き殴った自叙伝である。

まだ見ぬデザインに想いを馳せて

「デザイン」と「技術」

弊社の謳い文句であり、我々フェンリルは「デザインと技術を最大の強みとするプロフェッショナル集団」である。

とある大学の工学部生として就職活動をしていた頃、デザインを強みとする企業も技術力を強みとする企業もたくさんあった。しかし、その両方が強みだと銘打っている企業はフェンリルだけだった。

((デザインも開発もできる人がいっぱいいる会社ってすごいな!))

そう思い、説明会の直後、元気溌剌な採用担当に声をかけた。
簡単に挨拶とお礼を交わしたのち、工学部に在籍していることとアプリの開発経験があることを伝えると

「明日、同じ時間にもう一度ここにおいでよ、面接しよう。」

((なんだこの軽さは・・・))

少しの戸惑いを抱きながらも了承し、家路に就くことにした。
次の日、声をかけられたとはいえ手ぶらで行くのは申し訳ない気がしたので、一言も言われなかったが、とりあえず履歴書を持参した。

前日と同じ時間、同じ場所に行くと、前日と同じ採用担当が待っていた。ただ一つ違っていたのは、前日より彼が活き活きしていたことである。私は簡単な挨拶をするつもりであったが、彼の爽快な喋り口についつい聞き入ってしまい長い立ち話をしてしまった。
その後、応接室に導かれ、席についてしばらくすると

「それでは始めます。」

今までにこやかな表情を浮かべていた彼の眼差しが鋭さを増した。刹那の静寂が横たわる中、恐る恐る履歴書を手渡した。
すると彼は驚きを全身で表現し、嬉々としてそれに目を通しだした。間も無くして、彼はまた楽しげに話し出すのであった。

和気藹々とした雰囲気で会話が進む中、

「フェンリルはとても自由な会社で、社員の自主性を尊重し全力でサポートします。もしフェンリルに入社したとして、やってみたいことはありますか?」

((これは!!))

就職活動中はよく耳にする一節が放たれた。この問い掛けに苦悩する人もいるだろう。だがしかし、私には確固たる回答があったのだ。

デザインがしたいです。エンジニアリングにも興味があって、デザインにも興味があるんです。
工学部に通っているので、まずはエンジニアとして手に職をつけようとは思ってるんですけど。あ、、デザインって何するのか全然わかってないです。でもできるようになりたい。
デザインと技術、両方を強みとしている御社だからこそ可能なのではないかと思いました。」

私がこう言い切るや否や、彼は一変し、真剣な眼差しをこちらに向けながらこう告げた

「えっと、、おっしゃる通り我々フェンリルはデザインと技術のプロフェッショナル集団です。ですが、デザインのプロフェッショナルとエンジニアリングのプロフェッショナルが共存する組織という意味です。
何かを極めるということは、並大抵のことではありません。あれもこれもと欲張ってしまうと、結局はどっちつかずになってしまいます。なのでまずは一方、どちらかに絞って注力してみてはいかがでしょうか。」

私は何も言い返せず、無言で頷くことしかできなかった。
世間知らずの小童だと灸を据えられたと思ったのと同時に、彼の淀みのないナニカを感じ取った気がした。そのナニカは誠意のように思えたが、未熟な私は素直に受け入れることができなかった。

私の不満が漏れ出ていたのか、彼はすぐに話題を変え、また揚々と話すのであった。そして私はその巧みな話術に再び溺れていった。

しばらくして話の切れ目に差し掛かったころ、彼は突如こう告げた

「これにてエンジニア枠での 2 次面接を終わります。ありがとうございました。」

((そういえば面接だった!))

私はハッとした。
今までずっと深く考え込まず、好きなことを好きなように垂れ流していた。彼の爽快な口調に魅了され、時間を忘れただただ彼との会話を楽しんでいただけだったのだ。

応接室を出た途端、私は激しく後悔した。大きな過ちを犯してしまったと。
説明会に参加した 1 学生を次の日に面接に招くフットワークの軽さを持ち、こんな魅力的な人が顔を務めている組織が目の前にあるのに、私はそこに入ることができないのかと。
根性の別れと思い深々と頭を垂れ、私は家路についた。

道すがら、彼から感じたナニカを噛み締めながらも

((間違ったことは言っていない。ここならできるかもと思って言っただけだし・・・もし似たような環境があれば、また同じことを言うだろう。))

根拠のない自信を握り締め、就活サイトに目を落とすのであった。

そんなこんなで、私は今、フェンリルでエンジニア兼デザイナーをしている。

徒銷に見え来し仄光

フェンリルには新卒エンジニアとして入社した。
アプリ部(アプリケーション共同開発部)に配属され、iOS アプリエンジニアとしての道を歩み出したのだ。

だがしかし、私の心は移ろいではいない。
エンジニアにはなったが、それでもデザインがしたいのだ。

野望とも取れる思いを腹に抱え、社会人生活が幕を開けた。

新人研修でプロジェクトの進め方とチーム開発を学び、その後の OJT でエンジニアの基本知識iOS に関する知識を身につけた。OJT 期間は、先輩エンジニアが全てのタスクを一手に引き受け、私ができそうな粒度まで噛み砕き少しずつ作業を振ってくれた。先輩エンジニア以外のプロジェクトメンバーと関わることはあまりなく、与えられた作業に没頭する日々を送っていた。

そんな最中、暇を見つけてはデザイン部に赴き、特に目的もなく綺麗に並べられた本に手を伸ばし、その場で読み耽っていた。
もちろんその頃も、デザインとは何なのか、デザイナーが何をしているのかなどわかっていない。壁にたくさん貼られたロゴ、机の上に広げられた模造紙やポストイットを横目に眺め、ただデザイナーの空間に自分が存在しているという事実を味わうだけだった。

デザイナーからすると異様な光景だっただろう。
アプリ部の新人がたびたび部屋を訪れて、何を言うでもなく隅っこで本を読んでは帰っていくのだ。

そんな奇行が見過ごされることもなく、ある日の考課面談でアプリ部の上司から問い質された

「デザイン部に行ってるみたいですけど、なにやってるんすか?」

((ついに、この時が来てしまった!))

私の奇行はこれに始まったことではなく、もうすでにいくつか前科があったのだ。
まだまだ新人の私の脳裏には解雇の 2 文字が浮かんでいた。
とはいえ、心は揺らがない。意を決してこういった

「デザインに興味があって・・・」

採用面接時の担当者の鋭い眼差しが視界をよぎり、気後れしてしまった。己の意思すらはっきりと言葉にできないなんて、なんと愚かなことか。
上司からは見えないように机の下で硬く拳を握りしめ、私は不甲斐なさに打ち拉がれた。

そんな思いを知ってか知らずか、普段通りの口調で

「そうなんすねぇ。
いいんじゃないっすか、デザイン部いきます?」

((この軽さ、デジャヴ!?))

上司は、勝手に崖っぷちに立っていた私をまさかの崖側から突き飛ばしたのだ。
私は完全に崖下へと突き落とされる気でいたので、声も出せずにただただ繰り返し首を縦に振った。

「すぐには無理だと思いますが、話、通しておきますね。」

この上司の一言が、フェンリルには存在しないはずのエンジニアからデザイナーへの道を、後に浮かび上がらせるのであった。

デザインとの遭遇

しばらくして OJT が終わりを迎え、まだまだ無能だが 1 エンジニアとしてプロジェクトにアサインされるようになった。
もちろん同じプロジェクトにリードエンジニアもアサインされているが、私の状況を見て完璧にフォローしてくれる優しい先輩はもういない。リードエンジニアに相談しながら、降り注ぐタスクを捌かなければならない日々に、デザイン部に忍び込む暇は見出せなかった。

しかしながら、悲観的にはなることはなかった。
アサインされたプロジェクトはプロジェクトリーダー、ディレクター、デザイナー、リードエンジニア、エンジニア(私)の 5 人体制で、なんちゃってアジャイル風開発で進められていた。またクライアントが強く明確なビジョンを持っていたため、皆迷うことなく全力で突き進んでいた
フェンリルではかなり特殊なプロジェクトだ。各々が、何を見て何を思ってどのように動いているのか、全てが眼前に広がっているのだ。
(フェンリルでは、ほとんどのプロジェクトがウォーターフォール型で進められており、デザイナーとエンジニアとの接点は画面設計書と UI 指示書のやりとりが主である。)
活気に満ちたプロフェッショナルたちの全力が、手を伸ばせば届く特等席で見られる。こんな素晴らしい環境が他にない。

私はこの環境を失ってなるものかと、最も属性の近いリードエンジニアに常に全力でしがみついていた。もちろん、このリードエンジニアもプロフェッショナルである。私なんかが遠く及ぶはずがない。全力でしがみついたところで、振り落とされるのが目に見えていた。
だが、彼は OJT で担当してくれた優しい先輩以上に優しかった。私を小脇に抱え、突っ走ってくれたのだ。
私は勝手に彼を師と仰ぎ、特別な念を込め、丞相と呼んでいる。

アサインされた時、私は彼にこう告げた

「うちは無能です。設計とかよくわかりません。
Swift ならちょっとだけ書けます。でも通信周りは苦手です。UI 周りならできるかもしれません。」

((できるとは言っていない))

無意味なプライドを忍ばせながら、恥を恥とも思わず高らかに掲げた。
すると彼は、少しの笑みを浮かべながら

「デザインに興味があるんでしたっけ。ちょうどいいですね、UI 周りをお任せします。まぁ設計でいろいろ試したいことがあるんで、都度いろいろ話しますね。」

((なぜそれを・・・))

どこからか伝わっていたのか、はたまた、度重なる私の奇行から読み取ったのかは知らないが、私の望んでいた答えを返してくれたのだった。
斯くして、私はアプリ全体の実装のことを把握つつも、UI 実装のみに専念できることとなった。

その上、ことある毎にこう問いかけてくれたのだ。

「状況把握できてますか?次なにをしたらいいかわかりますか?」

こんなの答えは決まっている。

わかりません!何したらいいですか!!
言われたことはちゃんとします。分からなくなったらすぐ聞きます!!!」

タスク管理すらも放棄し、全力で甘えることにした。
プロジェクトが進むにつれて、わかりませんの回数は減っていった。だが、このプロジェクトの最後までなくなることはなかった。

ほぼ全てのリソースを UI に費やせるようになり、少しずつだがプロフェッショナルたちの議論に混ざれるようになった。
ディレクターとデザイナーにひたすらかぶりつき、逐一どういう思想に基づいていて、どういう意志が込められているのかを尋ねた。

2 人とも面倒くさがらず、全て懇切丁寧に答えてくれた。答えてくれる最中、違うアイデアが生まれるもあった。誰かボソッとこぼしたワードをデザイナーが拾い、瞬く間に可視化する。それをディレクターが軌道修正し、さらにどんどん伸ばしていく。次の日には、とっ散らかっていた情報が構造化され、複数パターンの提案にまでなっていた。

今まで得体の知れなかったデザインの輪郭が微かに見えた気がした。
明確なノウハウを身につけられたわけではないが、明らかに私のデザインに関する上質な経験となったのだった。

いざ行かん、遥かなる彼の地へ

エンジニアとなってから 3 年の月日がたった。

Human Interface Guidelinesを熟読し、iOS の UI デザインとインタラクションデザインには詳しくなった。OOUI(Object-Oriented User Interface) の知識も携え、ワイヤーフレームが描ける程度だが、ソフトウェアデザインにも明るくなった。丞相に恵まれたこともあり、iOS の知識だけでなく設計テストに関しても習得した。また別の師に捕まりアプリ部サーバーの管理にも携わることになったので、サーバー構築や運用、CI/CD 、マイクロサービスやクラウドプロバイダーなど DevOps に近いインフラの知識も会得した。

無能だった私が、いつしかフェンリルのプロフェッショナルたちに片足を突っ込めるほどのポンコツになっていた。

そんなある日、あの一言を発した上司がやってきて

「あの話、どっすか。デザインやりたいってやつ。」

((何を今更?))

幸か不幸か、私のデザインに対する興味は周知の事実のようになっていて、改まって話すことではないと思っていた。

「まぁ・・・まだ全然、興味はあります。」

なんとも歯切れの悪い返答をしてしまったが、上司は気にせずこう続けた

「そっすか。じゃぁ行きます?デザイン部。
そろそろ行けそうな感じしてるんすよ。」

((え、デザイン部?))

唯一のサーバーの管理者なのでアプリ部から離れるはずがないと思っていた。
なので、デザイン部にいくという話は綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

釈然としない、声にもならない声で答えると、答えを聞く気はなかったのか

「来週、デザイン部のお偉いさんと話する場を設けるんで、空けといてください。
じゃぁ、よろしくお願いします。」

と言い放ち、去っていった。

((なんかすごいことになった!))

前例のないことが起ころうとしている。
しかも、ポンコツとはいえ、組織のそこそこ重要なポジションにいる奴がだ。

((どうしたものか))

まるで他人事のように、答えのない問いに思考を巡らせるのであった。

そして面談の日がやってきた。
直前になっても面談が始まっても自分事とは思えず、ただ緊張するばかりであった。とはいえ、やりたい気持ちは本当なので、ずっと腹に抱えていた思いをそのままぶつけてみた。

すると

「UI/UX って、デザイナーだけでもエンジニアだけでもできないわけ。デザイナー側の視点とエンジニア側の視点、両方が必要なんだよ。
両方できるってすばらしいことなんだ。クリエイターってやつ。
ま、協力すればいい話なんだけど、でもたまに衝突してるじゃん。ダメなんだよ、あれじゃ。
機能も良くて見た目もいいが、フェンリルらしさになってほしいわけ。
グラフィックとソフトウェアの橋渡し役になってよ。」

という、ありがたいお言葉をいただいて、お開きとなった。

((あれ、なんかおかしいぞ))

言ったことも言われたことも、別に変ではなかった。
その場にいた全員が共感したと感じた。
でも何かがおかしい

((見定められる場じゃなかったのだろうか・・・))

そう思い返しながら、普段の業務へと戻っていくのだった。
その後、あれよあれよという間に話が進み

「じゃっ、休み明けからデザイン部ということで」

と言い渡され、なんとも釈然としないままデザイナーになることになった。

突然現れたデザイナーへの道を、このまま進んでいいものか。
人知れず、どうしたものかと苦心していたが

((サーバーの管理者がいなくなるんは、あかんやろ))

奇行を繰り返していた新人は、3 年の間に微かな良識を身につけていた。
(私が管理しているのは、物理サーバーだけで11台。さらに投稿日から見出し画像の9台が追加された。)
だがしかし、こんなこと下っ端が悩むまでもなく、しっかり対策は打たれていた。

蓋を開けてみると、デザイン部への異動ではない。デザイン部への出向だった。
アプリ部所属でサーバー管理をしつつ、たまにアプリも作りつつ、デザイン部でデザインを身につけるのだ。

と言うわけで、予想だにしない方向から、採用面接で苦言を呈されたデザインもするエンジニアの道を歩むこととなった。

疾風怒濤の勅命

いつも通りの時間にいつもと同じ経路を辿り、いつも通り出社した。いつも通りの席に着いたが、今日からここがゴールではない。
荷物を置いて業務 PC を取り出し、淡い期待と大きな不安を胸に秘め、新たなゴールを目指した。何度も足を運んだ、あの部屋へ。

重い扉を開けると、そこには見慣れた光景が広がっていた。

当時のデザイン部の部屋

((デザイナーの部屋だぁ・・・))

そこはデザイン部なので、当たり前である。嫌と言うほど押し寄せてきたではないか。そんなツッコミを心の中でいれつつ、部屋の奥へと歩を進めた。
事前に知らされていた席に着いて PC を置き、しばらく部屋全体をぼーっと眺めていた。

すると隣の席から

「デザイン部は朝礼の時、別の部屋に移動するから遅れないようにね。」

突然話しかけられたことと、さも以前からそこにいたかのように話かけられたことで、二重の驚きが私を襲った。

その日は全社朝礼の日だった。
ボーッとしている場合ではない。

「ハイ」

私は動揺を隠せず、無機質な返事を虚空に投げた。なんともいたたまれなくなり、そそくさと集合場所へ駆け出した。

いつもと違う場所で、いつもと同じ朝礼に参加した。
周りは見知った顔のデザイナー。私がいつもいた場所は、画面の向こう側にあった。

((なんだ、この状況は!))

パラレルワールドに迷い込んだかのような錯覚に見舞われ、燻っていた不安がドッと押し寄せた。孤独感と疎外感が犇めき合う中で、縋るように偉い人のありがたいお話を拝聴した。
ちなみに、その日のありがたいお話は、爆笑と喝采をかっさらっていった。

朝礼が終わり、解散となった。
私は群れから逸れぬよう最後尾にしがみつき、元の部屋へ戻って行った。

部屋に着くと、ありがたいお話のおかげか、たくさんの笑いが部屋を覆っていた。エンジニアの部屋では、ほとんど見ない光景だ。

((ほんとに違うとこに来たんだなー))

やっとのこと現実感が湧き上がり、転職するとこんな感じなのかなと、席について感慨に耽っていた。
が、そんなことをしている場合ではない。その日は辞令交付の日でもあった。
朝礼後すぐ行うので遅れないように、と呼ばれていたことを思い出した。遅刻の 2 文字を頭に浮かべ、再び慌てて駆け出した。

扉を開けると、すでに式は佳境を迎えていた。
締めの挨拶に差し掛かろうとしていたので

「遅くなりました。」

と、開き直り大きめの声を発しながら、会議室に入った。
その場にいた全員の注目を集めたが、軽く会釈をし、悪びれることなく堂々と割り込んだ。

こんな無礼を働く輩が今までにもいたのだろうか。元から予定されていたかのように事例が渡され、すぐさまありがたいお言葉で場が締められた。

開き直ったとはいえ、内心、不安でいっぱいでガッチガチに緊張しきっていた。何を言われたのか、一切覚えていない。
そそくさとその場を離れ、一息ついてから用紙に目を落とした。

なんとエンジニアとして昇進していたのである。

((なんでや・・・今日からデザイナーやで))

役職付になったからには、今までとは違う働きを求められることになる。
しかし、役職なんぞに興味はない。まったくもって嬉しくない。むしろ職種が変わった上に役職まで変わってしまい、ただ闇雲に彷徨う未来しか見えなかった。

悶々としながら自席に戻り、とりあえず抽斗の中に用紙を投げ入れた。深いため息をつきながら、徐ろに卓上の PC を開くと

「始めますよー」

チャットの通知が目に飛び込んだ。

((なんのことだろうか))

緩み出した思考のまま、ゆったりとカレンダーを開いた。
なんと、新しい部署の上司との面談の時間だったのだ。再び遅刻の 2 文字を浮かべ、慌てて会議室へと駆け出した。

棚ぼた極まりて

会議室に入ると、すでに新しい上司が待っていた。

「すみません、遅れました。」

辞令交付では堂々と入ったくせに、今回はなぜか低姿勢である。

「はいはい」

社内ミーティングは、だいたいいつも少し遅れて始まる。
いつものことだと思ったのだろう、軽い相槌のようなものが返ってきた。

「ごめんね。あまりにも急だったもので、何にも準備できてません。ありものでざっと説明するね。」

新たな上司はそう言って、デザイン部の組織体制について説明してくれた。

((むしろこっちが申し訳ないわ!完全に巻き込んでしまった感しかない。))

私はそう思いながらも、ただ黙々と聞くことにした。

デザイン部には、デザイン 1 部とデザイン 2 部がある。1 部は主にプロジェクトを、2 部は組織の強化を担っている。

衝撃の事実を目の当たりにした。
日頃、デザイン部と呼んでいる組織は、実は 1 部と 2 部が存在したのである。同じ会社に属していて頻繁に接している部署なのに、その実態を知らなかった。それほどに、強みと謳うデザインと技術の間には溝があったのだ。

そして私は、2 部の XD 課(エクスペリエンスデザイン課)に配属された。
XD 課は、HCD(Human Centered Design)のエキスパートと UD(Universal Design)のエキスパートと a11y(Accessibility)のエキスパートからなる少数精鋭部隊。デザインのプロフェッショナルたちの頂点に君臨するような人たちの集まりだった。

私にとっては、HCD も UD も a11y も、どれも聞いたことがある程度で、ほとんど理解できていなかった。

((えらいところにきてしまった・・・))

デザイナーなら是が非でも身を置きたくなる環境に、デザインのデの字も知らない奴が迷い込んでしまった。
秘宝が散りばめられた地に足を踏み入れてしまったことに、恐れ慄いていると

「上流工程にいた方が全体を見渡せるから、XD 課に来てもらうことにしました。まぁ案件数はあまり多くないから、細々としたものをお願いすることになりそうだけど・・・。
でも、本職のデザイナーに混ざって案件を回していくのは大変だし、現役バリバリのプロに後から追いつこうなんて、そう簡単なことじゃないからさ。それならいっそ、幅広く触れてもらって色んな経験を積んでもらった方がいいと思ってね。」

数日前の面談で、デザイナーがどんなことしてるのかあまり知らないと漏らしたのを、新たな上司は気にかけてくれたのだろうか。はたまたハズレくじを引かされてしまっただけなのか。

私は、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも

((もう、やるしかない))

骨の髄まで吸い尽くす覚悟を決めたのだった。
そんな勝手な決意が顔に出ていたのか

「組織に何か貢献できるようにするべきなんだけど、そんなことより、デザイン部に来てよかったなって思ってもらえるようにしたいんですよ。
初めてのことだからさ。何をどうしたらいいのかなんて全然わからないんだけど。でも、よかったって言ってもらえたら、また次に誰かに来てもらえるかもしれないじゃない。」

と新たな上司は、後光を放ちながら穏やかな笑顔を私に向けた。

((この人は危ない人だ!))

私のことを最優先に考えてくれているような気がして、目頭が熱くなった。
その一方で、これが厄介なクライアントを手玉に取るプロの技なのかと警戒心を強めた。

その後、UX デザインプロセスについて簡単な説明を受け、a11y のエキスパートの元、業務にあたることが言い渡された。
さらっと流された説明だったが、私にとっては衝撃の連続であった。
フェンリルの開発フローにおいて、下っ端エンジニアから見えるデザイナーの仕事は、デザインカンプや UI 指示書など、画面を作る程度だった。

((デザイナーはこんなことしてるのか。エンジニアリングとさほど違いないやん!))

目から鱗がボロッボロと落ちる思いだった。
たった 1 時間にも満たない面談で、とてつもない衝撃に何度も何度も身を貫かれた。この話が聞けただけで、すでにデザイン部に来た甲斐があったとさえ思えた。

目も口も、なんなら鼻の穴すらも、まんまるに広げた私を横目に

「いろいろ大変だけど、これからよろしくお願いします。」

と言い残し、新たな上司は席を発った。

コミュニケーションとは、此れ如何に

デザイナー 1 ヶ月目。
企画提案の作成に、サポートという形で少しだけ参加した。

話の発端は、クライアントと共同でブレインストーミングを目的としたフェンリル主催のワークショップを行うので、参加してはどうかというものだった。
クライアントの担当者以外も巻き込んだ話し合いの場はかなり珍しく、なかなかお目にかかれるものではない。

「本当はデザイナー全員に経験して欲しいことなんだけどね。なかなか機会を作れなくって・・・。
ま、楽しんでおいでよ。」

さらっと重大なことを言った気がした。

((うちなんかが混ざってえぇのんか!?))

内心そう思いながらも、あまり深く考えずとりあえず元気よく返事した。

指示は、○ 日 × 時に △ で集合。
たったこれだけ。
本当にそれでいいのかと懐疑的になりながらも、特に何かできるわけでもないので、ビクビクしながらその日を待った。

当日を迎え、緊張はピークに達し、意味もなく集合場所に 30 分以上前に到着。集合してからの予定は何も知らない。誰かに拾ってもらえることをひたすら祈り、恐怖を忘れるため心を殺して待っていた。

集合時間を少し過ぎた頃、続々と見慣れた弊社メンバーが集まってきた。完全に死んだ私の心は、全員が集まってもなお生き返ることはなく、目的地までの移動中、気の抜けた返事をするのみであった。

到着した先は、クライアントの社屋だった。広大な敷地の中に建てられた巨大な建物の一室に通された。すでにクライアント側の参加者が何名か待機しており、弊社メンバーはそそくさと準備を始めた。
間も無くしてワークショップが始まった。

ワークショップでは、まず会の課題と目的が共有された。またペルソナやジャーニーマップ、事前のユーザーアンケートなど、いくつかの資料が配られ、全員で共通認識を形成した。

((これが噂に聞くペルソナジャーニーマップか))

たぶん、その場にいた誰よりも浮き足立っていたはずだ。何度もプロジェクトに参加しいくつもアプリを作ってきたのに、ペルソナなど見たことはなかったのだ。ワークショップの本題とは違うところで、ひとり勝手に楽しんでいた。
弊社ディレクターのファシリテーションも参加者のノリも良かったので、ワークショップは順調に進んだ。私は所属も立場も忘れ、ただただ楽しんでいた。その後、度重なる盛り上がりの末、無事に終了を迎えた。

帰りの移動中、ワークショップの意義をいろいろ聞いてみることにした。

「みなさん、とても協力的ですごくいい雰囲気でしたね。面白いアイデアもいくつか出て、いい方向に進みそうな感じですねー。」

単なる 1 参加者として、その身で感じたままのことを言ってみた。
すると、ファシリテーションを務めたディレクターが

「今回は、すごく雰囲気よかったですねー。
でもやっぱりワークショップは難しくって、なかなかうまくはいかない。」

というのだ。

「えっ!今日のは失敗だったんですか?」

そんなはずはないと思い、つい食い気味に聞き返してしまった。
すると

「最後に投票したでしょ。結局は担当者の意向が優先されちゃうんですよ。
よっぽど画期的なアイデアでも出ない限り、内容そっちのけでやったっていう事実だけを利用されちゃうことが多いんですよ。」

((これあかんやつや!))

世知辛い世の中を覗き見た気がして、それ以上踏み込むことができなくなってしまった。

後日、ワークショップの結果をまとめる手伝いをすることになった。担当者の意向を優先しつつも、みんなの頑張りを無駄にしまいと 2 案作成することになった。
ワークショップで出たアイデアのうち、好評だったものをいくつか集め、技術的なアプローチで攻めてみる。少しでもユーザーが使いやすくなるように、フェンリルの意思を握り締め、細やかなる反抗を試みることになった。

「技術的なことはわからないんで、お願いします。
期限は・・・今週末か来週くらいで。よろしくっ!」

((当日参加するだけっていうてたやん。その後に作業が発生するとか聞いてないって。クライアントに直接渡す資料って荷が重いし!しかも振り方が雑い。))

と思いながらも、断る理由もなかったので引き受けた。

内容だけみると、完全にエンジニアの範疇だ。なんら難しいことはない。だがしかし、これはデザイナーの提案資料なのだ。
デザイナーだったらどんなところに目をつけて、どんな趣向を凝らすのか。そんなことばかりに気を回しながら、資料作りに没頭した。

なんやかんやあったが、無事、私の作った資料が採用され、クライアントとのミーティングで直接説明する機会も得られた。自分で考えた企画を自分でプレゼンするというのは良いもので、不安と恥じらいが押し寄せるも高揚感に満たされるものだった。
エンジニアはプレゼンテーションが下手である。少なくとも私はそう思う。違う職種や仲間内で衝突するのは、うまく伝わっていないから、丁寧に伝えようとしていないからではないかと思い至った。

この 1 ヶ月で、デザイナーのお仕事の 1 つ、伝えることを強く体験した。
揺るぎない根拠を元に、関係者全員を納得させ、相手の奥深くへメッセージを突き刺す。最も効果的な一手を生み出すのが、デザイナーの役目ではないかと思った。またワークショップの準備や事前のユーザーアンケートの裏話を聞いて、膨大な準備が必要であることも気付いた。相手の立場に立ち、相手の目線に合わせ、相手の言葉で語ることで、相手の真意を引き出すことができるのだ。

デザイナーにとって、知る力と伝える力が重要であると思い知らされる期間であった。

a11yの境地を見ゆ

デザイナー 2 か月目。
面談での宣告通り、数日程度の細々としたレビュー作業にアサインされた。

どの指示もざっくりと概要を説明されるだけで

「そんな難しいことはないんで、パパーっとやっちゃってください。期限は来週か再来週か、まぁそこらへんで」

デザイナーという言葉から連想していた通りのラフな仕事の振り方をされ

((おぉ、マジか))

実装のタスクをこんなふうに投げられたら、問答無用で投げ返すだろうなと心の底で思いながらも、何も言わずに引き受けた。

とはいえ、何をすればいいのかわからない。参考資料にある知らない単語を徹底的に調べ、関係ありそうな本を読み、周りの関係ない人にまで聞きまくった。その上、何度も何度も確認をしながら作業を進めた。

結果を資料にまとめ、ビクビクしながら提出すると

「あ、、こんなもんで良いっすよ」

なんとも呆気のない返事と共に、1 週間ほどで終わってしまった。

早々にすることがなくなった。
普段なら業務自動化ツールをコソコソ作るのだが、せっかくデザイン部にいるのである。デザインの勉強を優先しようと思い立ち、a11y のエキスパートにかぶりついた。
なお a11y のエキスパートは、私の入社直後から懇意にしてくれていて、勝手にくまさんと呼んでいた。
くまさんはソフトウェアデザインにも精通しており、かなり実装に近い用語で会話ができ、私にとってとても飲み込みやすい説明がもらえた。

くまさんからは、WCAG (Web Content Accessibility Guidelines) とモバイルアクセシビリティについて調べるという指令が下された。
私は毎日、定時間際になるとくまさんのところへ行き

「今日は WCAG の ○○ を調べた。モバイルだと ×× に意識しないといけないと思った。iOS だったら △△ に該当するはずで、△△ が使えない場合は □□ で対応しないといけないから、**みたいな UI 指示を出されたら困る。」

などと、求められてもいない報告を、雑談と交えながら繰り返した。
幼稚園帰りの童のように、毎日押し寄せる私に対してくまさんは

「あのですね!
ウェブとモバイルだと、こんな違いがあってね。でもこれは、本来こんな考え方に基づいていてね。」

と、嫌がるどころか、背景にある思想とちょっとしたファン情報を添え、私の相手をしてくれた。

くまさんはしきりに

「ユーザーが合わせられるようにデザインすることが大事ですよ。」

と言っていた。
初めは、どういう意味かさっぱりだったが、毎日毎日言葉を交わしているうちに、少しずつ真意が見えてきた。
WCAG を読み終える頃には、ソフトウェアには情報の流れとユーザーの使役という 2 つの向きが存在し、依存方向逆転の法則のような状態が発生しているのではないかと思うようになっていた。

汝自身を知れ

デザイナー 3 ヶ月目。
HCD 専門家の監修で、ヒューリスティック評価をすることになった。

今回の指示はかなり具体的だった。

「クライアントから関連資料がもらえたら、そこから 2 週間が期限です。
初めの 1 週間で中間報告していただいて、一旦レビューとフィードバックしますので、そこからまた 1 週間で深掘りしてみてください。自分の得意分野の目線から、評価してもらえばいいですよ。」

状況は前回とあまり変わらず、何をすればいいのかわからない。
だが、今回はほとんど不安は抱かなかった。伝え方ひとつでこうも違うのかと、思いもよらぬところで感心してしまった。

今回もひたすら調べるところから始めた。
ヤコブ・ニールセンのユーザビリティ 10 原則や定量的定性的ユーザビリティテストなどについて調べ、とりあえずユーザーになりきって評価することにした。

どの程度のリテラシーか、どの程度の習熟度か。ユーザーを細かく想定し、少しずつ少しずつ条件を変えながら、問題点の抽出を行った。
だが、これがなかなか難しい。自分の持つ知識が邪魔をする。どんなにユーザーになりきっても、いつの間にか想定のユーザーを超越してしまうのだ。

中間報告の際に、素直に教えを乞うてみた。
すると

「デザイナーはユーザーになってはいけません。ユーザーの視点を持ちなさい。」

というアドバイスをもらった。

((神のお告げかなにかか))

これまたさっぱりわからない。
なので、これまた毎日押し寄せることにした。

私の抽出した問題点は、ユーザーの問題点か、それともユーザー視点の問題点か。

中間報告後の 1 週間はほぼ毎日、レビューとフィードバックをもらうような形になってしまった。
ものすごく鬱陶しかっただろう。
だが、毎日しっかり答えてくれた。しかも XD 課全員が手伝ってくれたのだ。
UD や a11y 目線でのコメントも付け加えられていた。

近年のヒューリスティック評価は、ユーザビリティテストやエキスパートレビューという意味合いが強い。そのため、ユーザーの視点及びエキスパートの視点が重要である。ユーザーになってしまうと、想定したユーザー以外の認識や意見が抜け落ちてしまうので、デザイナーはユーザーになってはいけないのだ。また HCD も UD も a11y も、全ては UX に繋がる。さらには、ステークホルダーの説得材料にもなり得るので、問題点は誰にでも理解できるくらいまで噛み砕き、対応策は誰にでも伝わるように明示しないといけない

こんなことを学べた期間だった。

認知の枠を破壊せよ

デザイナー 4, 5 ヶ月目。
社内プロジェクトのワイヤーフレームを作成することになった。

フェンリルでの一般的なプロジェクトとほぼ同じ進め方のチャレンジだ。

「○○ がしたい。×× みたいなことができたらいいよね。あとはそれっぽくしてくれたらいいよ。社内プロジェクトだから硬くならずに、いい感じに画面つくっちゃって。」

こんな指示を投げられ、プロジェクトは始まった。

今回ももちろん、不安でいっぱいである。だがちょっとだけ、うまくやれる自信があった。というのも、丞相に鍛えられた DDD(ドメイン駆動設計)と、くまさんに磨き上げられた OOUI の知識があったからだ。

((要件まとめて、画面にするくらいできるはず))

根拠のない自信を胸いっぱいに膨らませ、私は勇んで手を動かした。

がっつりやる予定も余裕もなかったのだろう。
初めの指示があったっきり、ほぼ放置の状態が続いた。

だがやはり、私は不安なのである。勝手に逐一報告し、これまた勝手にくまさんにかぶりつき、都度都度レビューをしてもらった。

くまさんは優しい。すごく優しい

「絵も描かずに、これだけオブジェクトをまとめられるなんてすごいですね!」

私は調子に乗った
自分で実装するつもりで丹念に丹念にモデルを磨き、綺麗に情報を構造化した。それを元にワイヤーフレームを作成したのだ。

完成したものを抱え、上機嫌でくまさんに見せに行った。また褒めてもらうことを期待して。

期待通り、くまさんは褒めてくれた。
それに加え、改善案も提示してくれた。

「あのですね。
デザインには、いくつかパターンがあって・・・」

そう言いながら、紙と鉛筆を取り出し、ものの 5 分で何種類かの画面を描き上げた。

「綺麗にオブジェクトが抽出できているので、あとは見せ方ですね。オブジェクトに強弱をつけて、無意識に認知できるものはあえて階層を落としたりもして・・・
必要な時に必要なものがあればいいので、それ以外はなくてもいいんですよ。あとは動線も意識して、無理につなげるくらいなら潔く切ってしまいましょう。」

見る見るうちに、認知負荷が下がり、情報が整頓されていくではないか。
私は情報の構造化に全力を注ぎ、必要最低限まで削ぎ落としたモデルを、どのように画面に並べるかということばかりに意識が行ってしまっていたのだ。

「ユーザーが扱いやすいようにオブジェクトを配置するのは重要です。そこに加えて、ユーザーの思考を意識することも忘れてはいけません。
そういうのは IA(Information Architecture)といって、すごい人がまとめてくれますよ。」

くまさんはそう言いながら、シロクマ本を見せてくれた。ページをサッとめくりながら、簡単な説明とファン情報を添えてしてくれた。

「あと、見た目はデザインパターンかな。基本的なパターンを組み合わせて考えるの。」

といいながら、オシドリ本を見せてくれた。こちらもページをパラパラめくりながら、大量のファン情報を教えてくれた。

どちらの本も圧倒的なボリュームで、内容も洗礼されていた。そしてなにより、一心不乱に話すくまさんの無邪気な笑顔に誘われ、いつの間にか Amazon の購入ボタンを押していた。

くまさんと別れた後も、私の中の激情は止まることを知らず、いつの間にか丞相のところに駆け出していた。

「うちのしょっぱい設計を、くまさんがこんなに綺麗にしてくれたんですよ!2、3 日うーうー唸って画面にした物を、たった 5 分ほどで!!」

なんの前振りもなく突きつけた。
すると丞相は、なんのことやらと少し引きながらも、ざっと目を通し

「ほー。さすが、くまさんですね。いやでも、設計もいい感じですよ。」

丞相も優しい、すごく優しい
訳もわからないはずなのに、ざっと汲み取ってくれ褒めてくれた。
だが一方で、こんな苦言も呈された。

「これって誰が実装するんですか?どのプラットフォームで、どんな環境で、どんなフレームワークを使うつもりですか?詳細設計をするなら、そこまで考えてないとダメですよ。それに、どんなに練り込んだとしても、実際作ってみないと良し悪しは判断できません。あと、画面を作るのにここまで考慮する必要はなくないですか?無駄に時間かかるだけですよ」

ごもっともである。
調子に乗ってたのを見透かされた気がして、いたたまれなくなった。

その後、無事にワイヤーフレームは完成した。くまさんがくれた改善案を取り入れ、さらに自分なりに修正したものが最終形となった。デザインカンプの作成にも手をつけたが、やはりビジュアルを作るのは難しく、全然進捗が出せなかった。

この期間では、ソフトウェアデザインについて、たくさん学ぶことができた。詳細設計も IA も同じモデリングだが、粒度も観点も異なっていて、同じノリでやると無駄になってしまうことが多々ある。
デザイナーがやる情報設計は、トップダウンで進められることが多いようだ。オブジェクトの粒度をあくまでユーザーのメンタルモデルに近いところに留めておくには、DDD のようにボトムアップで進めるのは向かないように思う。ただ、デザインパターンも IA もエンジニアには親しみ深く、エンジニアがデザイン領域に首を突っ込むには、とっつきやすいのではないかと思った。

継ぎし想いは今ここに

デザイナー 6 ヶ月目。
コンペ用のモックアプリを作ることになった。

今まではプロトタイピングツールで済ませていたらしいが

「せっかく開発部門が社内にあるのだから、モックの段階でアプリ作ってしまった方が強い印象を与えられるよね。」

ということで、私がアサインされた。

((アプリ部に依頼したらいいじゃない))

と思ったが、部門を跨ぐといろいろ調整が必要になりスピード感が失われるのだとか。

((これはいわゆる大企業病なのでは!))

世知辛い世の中を垣間見た気がしたが、言わんとすることが分からなくもないので、特に何も言わなかった。
大企業を相手のプロジェクトだと、バックエンドが基幹システムと呼ばれる年代物になることが多い。どんなにユーザーのことを思って利便性を追求したとしても、バックエンドに引き摺られ実現できないなんてよくあることだ。
これにはデザイナーもエンジニアもうんざりしていて、斯く言う私も飽き飽きしていた。

なので、ほとんど制約のないモックアプリ作成のプロジェクトは、無性にワクワクするのだ。
もしプロジェクトをとってくる立場の人がこの記事を見ていたら、ほんの少しでいいのでこんなプロジェクトは用意してあげて欲しい。デザイナーにもエンジニアにも大きく良い影響を与えるはずだ。抑圧されたクリエイターたちに、たまには羽を伸ばせる環境を与えてあげて欲しい。

全然関係のない方向に脱線してしまったので、本題に戻る。

このプロジェクトの期限は 2 週間。実際の作業日は 1 週間程度だった。

こういうプロジェクトには、猶予のなさがつきものだ。
だが、それ故に面白い

この時組んだデザイナーは初めてのプロジェクトだった。
お互いどの程度の力量なのか把握できていなかったため、信頼しきることはなく探り探りの状態だった。互いの領域にはなるべく踏み込まず、様子を伺いながら少しずつにじりよっていった。

デザイナーからはイメージに近い画像が渡され、私はそれっぽく実装するが確認してもらうために待ちぼうけ。

((このままでは時間が・・・))

そう一人思いつめていると、あることに気付いた。
私はデザイナーなのだ。
今までの 5 ヶ月、最高の環境で鍛え上げられてきたではないか。苦手なビジュアル表現は、共有されたカンプやらイメージやらで補えるではないか。

たった 5 ヶ月、されど 5 ヶ月。
誰よりも濃い時間を過ごしてきたのだと言い聞かせ、己の勘を頼りにがむしゃらに手を動かした。

最終的な微調整をできるようにだけしておいて、画像からは読み取れない部分はほとんど勝手に作り上げた。指示のないところは、こちらから提案し返事を待たずに実装した。

私の半ば暴走の結果、なんとか期限に間に合わせることができた。相方のデザイナーにも、そこそこに納得してもらえた。
そしてなにより

「一緒に開発できて、楽しかった。」

そう言ってもらえたのが嬉しかった。もちろん、私自身とても楽しかった。ものつくりってこうでなくっちゃいけないなと強く思った。
部門だ、役割分担だ、言わず、関係者全員で一丸となって取り組める環境が、当たり前になる日を夢見て。

新たな幕開け

デザイナー 7 ヶ月目。
なんやかんやあって、デザイン 1 部に異動した。
今度は、苦手意識があるビジュアル表現を身につけるべく、新たなプロフェッショナルたちのもとにやってきたのだ。あの日夢見た、デザインも開発も両立するプロフェッショナルになるために。

私は今日も前例のない、道なき道を突き進む。


余談だが、これは フェンリル デザインとテクノロジー Advent Calendar 2019 の 3 日目の記事である。


書き手:アプリ部所属デザイン部出向 きつね

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