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「できない」は「やりたい!」を発見できる、すてきなこと。

最近関わっているプロジェクトだったり、ふだんの生活とかで、感じることを書きます。

仕事してて、個人や役割としてものごとが「できること」ととして大前提で進む仕事のやりかたとかって、たのしくないなぁ?と最近、感じています。

例えばディレクターだから、これができるべきとか、デザイナーだからグラフィックデザインをできるべきとか。そういう枠ができてしまうと、その人の個性、伸ばすべきものが歪むんじゃないか?仕事においても多様性ってもっと大事にしていくべきなんじゃないか?って思います。

でも、みんな与えられた仕事の中で「できない」ってあんまり言わないし、言ったとしても、申し訳なさそうだったり、ちょっと防御スイッチ入ったりする。

もっというと「できない」から逃げちゃったりする。人間だし、それが悪いことじゃないと思うけれど。
わたしは、どちらかというと「なんで、できないんだろ?まあ、とりあえず、知ってる人に(心の)手を繋いでもらって、やってみよ」と、思慮浅く生きる傾向があるので、できないことが「悪い」と感じることに、本質的に理解が追いついてなかったのですが、当然あるべき価値観だなと思います。

で、、思いました。
あれ?それって、「もったいない!」

その「できない」の中には、たくさんの「おもしろい」が隠れてたりする、というか、「できない」の中って宝箱みたいなもので、そこにはたくさんの「おもしろい!」発見が隠れている。

「おもしろい!」を発見したら、あとはもう「やりたい!」ってなる。そうなったら、あとは簡単。クリエイティブしようぜ!ってなる。

「できない」を分解して「おもしろい」を発見すると、「やりたい!」や「アイディア」に変わる。っておもしろい。

だから、仕事をするとき、みんなが「できない = やりたくない」「できない = やりたい」「できる = やろうか?」をシェアして保管しながら、ものをつくれば楽しいんじゃないかなぁ。楽しいよねえ。
みんなが「できない = やりたくない」ものは、やってくれた人を盛大に褒めるとか、そいうことをすれば、うれしい気持ちになるんじゃないか?

わたしは「やりたい!やりたい!でも、できないから、一緒にやってくれませんか!?」ということが多いので、言い訳的に書きました。

あと最近「できない = やりたい」一緒にやって!って言ってもらえることも、少しずつでてきたなーと思うので、うれしみを感じます。
みんなが「できない!やりたい!」って言いやすいように可視化して、「できない!」って投げ合うんじゃなくて、拾い合えたら、多様性が広がってもっと楽しく仕事ができるんだろうなーという思いがあります。

早く帰りたい時は早く帰れて、ばりばり仕事したい時はばりばりできて、そういう、さじ加減も、そうやって「できない = やりたい」をチームで別け合えば幸せになるんじゃないかしら。それが多様性を受け入れるってことなんじゃないか?どーなんだろ。考えよ。

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ふくしま

UI デザイナーとかディレクターをやっています。意識はそんなに高くありません。梅田にあるフェンリルで働いています。

Fenrir Designers

フェンリルでデザインに携わるスタッフが運営するブログです。
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